機能性ディスペプシアは、胃もたれ、早期満腹感、胃痛、胸やけなどの消化器症状があるにも関わらず、内視鏡検査や画像検査で明らかな異常が認められない疾患です。以前は「神経性胃炎」や「慢性胃炎」と診断されることが多かった症状群ですが、現在では独立した疾患として認識されています。
日本人の約10-20%が該当するとされる非常に頻度の高い疾患で、患者さんの生活の質に大きな影響を与えます。原因は完全には解明されていませんが、適切な診断と治療により症状の改善が期待できる疾患です。
機能性ディスペプシアとは
疾患の定義
機能性ディスペプシアは、胃十二指腸領域に起因すると考えられる症状があるにも関わらず、症状を説明できる器質的疾患が存在しない状態と定義されます。つまり、症状はあるが検査では異常が見つからない胃腸の病気です。
この疾患概念は比較的新しく、2006年に国際的な診断基準が策定され、日本でも2013年から診療ガイドラインが整備されました。それまで「原因不明の胃の不調」とされていた症状に、明確な診断名が付けられるようになりました。
症状による分類
機能性ディスペプシアは症状により、食後愁訴症候群(PDS)と心窩部痛症候群(EPS)の2つのサブタイプに分類されます。食後愁訴症候群は食事に関連した症状が主体で、心窩部痛症候群は痛みが主な症状です。
多くの患者さんでは両方の症状が混在しており、症状の程度や内容は日によって変動することも特徴の一つです。
症状について
食後愁訴症候群(PDS)
食後愁訴症候群では、食後の胃もたれ感が主要な症状です。普通の量を食べても胃に食べ物が長時間残っているような不快感が続きます。また、早期満腹感も特徴的で、食事開始後すぐに満腹感を感じ、通常の量を食べきれなくなります。
これらの症状により食事摂取量が減少し、体重減少や栄養状態の悪化を来すこともあります。食事の楽しみが失われ、外食や会食を避けるようになる患者さんも多くみられます。
心窩部痛症候群(EPS)
心窩部痛症候群では、みぞおち周辺の痛みや灼熱感が主要な症状です。痛みの性質は様々で、鈍痛、刺すような痛み、焼けるような感覚などと表現されます。
痛みは食事とは関係なく現れることが多く、ストレスや疲労により悪化する傾向があります。夜間や早朝に症状が強くなることもあり、睡眠障害の原因となることもあります。
その他の症状
上記の主要症状以外にも、腹部膨満感、ゲップ、吐き気、食欲不振などの症状がみられることがあります。また、胃腸症状以外に、頭痛、めまい、疲労感などの全身症状を伴うこともあります。
症状は慢性的に続くことが多く、良くなったり悪くなったりを繰り返すのが特徴です。ストレスや生活習慣の変化により症状が悪化することもよくみられます。
原因について
胃の運動機能異常
機能性ディスペプシアの主要な原因の一つは、胃の運動機能の異常です。正常では食事により胃が適応的に拡張し、食べ物を十二指腸に送り出す蠕動運動が起こりますが、これらの機能に障害が生じます。
胃の排出遅延により食後の胃もたれが生じ、胃の適応性弛緩の障害により早期満腹感が現れると考えられています。
内臓知覚過敏
胃や十二指腸の知覚が過敏になることも重要な原因です。正常では感じない程度の胃の伸展や収縮を痛みや不快感として感じるようになります。
この内臓知覚過敏により、通常の消化管運動でも症状が現れることがあります。ストレスや心理的要因が知覚過敏を増強することも知られています。
心理社会的要因
ストレス、不安、うつ状態などの心理的要因も機能性ディスペプシアの発症や症状の悪化に関与します。脳と消化管の間には密接な関連があり、心理状態が胃腸機能に直接影響を与えます。
職場や家庭でのストレス、生活リズムの乱れ、睡眠不足なども症状の悪化要因となります。
感染後の発症
一部の患者さんでは、急性胃腸炎などの感染症の後に機能性ディスペプシアが発症することがあります。感染により消化管の運動機能や知覚機能に長期的な変化が生じると考えられています。
診断について
症状による診断
機能性ディスペプシアの診断は、国際的な診断基準(Rome IV基準)に基づいて行われます。胃もたれ、早期満腹感、心窩部痛、心窩部灼熱感の4つの症状のうち、1つ以上が週に数回以上、6か月以上前から存在し、最近3か月間症状が続いている場合に診断されます。
重要なのは、これらの症状を説明できる器質的疾患が存在しないことです。そのため、適切な検査により器質的疾患を除外することが診断の前提となります。
器質的疾患の除外
機能性ディスペプシアの診断には、症状を引き起こす可能性のある器質的疾患を除外することが重要です。上部消化管内視鏡検査により、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃癌、食道炎などの有無を確認します。
血液検査により炎症反応や貧血の有無を調べ、必要に応じて腹部超音波検査やCT検査により胆石症や膵疾患の除外も行います。
重篤疾患を示唆する症状
体重減少、嚥下困難、持続する嘔吐、消化管出血、腹部腫瘤などの症状がある場合は、重篤な器質的疾患の可能性があるため、詳細な検査が必要です。
これらのアラーム症状がない場合は、機能性ディスペプシアの可能性が高くなります。
治療について
生活習慣の改善
治療の基本は生活習慣の改善です。規則正しい食事、適量の摂取、よく噛んで食べることが重要です。脂肪分の多い食事、刺激の強い食べ物、アルコール、カフェインは症状を悪化させることがあるため控えめにします。
ストレス管理も重要で、十分な睡眠、適度な運動、リラクゼーション法の実践が推奨されます。規則正しい生活リズムを保つことも症状改善に有効です。
薬物療法

症状に応じて様々な薬物療法が選択されます。消化管運動改善薬は胃の運動機能を改善し、食後愁訴症候群に効果的です。酸分泌抑制薬は心窩部痛症候群に有効とされています。
漢方薬も機能性ディスペプシアの治療に広く用いられ、六君子湯、半夏瀉心湯、安中散などが症状に応じて処方されます。西洋薬と漢方薬を併用することもあります。
心理療法
ストレスや心理的要因が強く関与している場合は、心理療法も有効です。認知行動療法、リラクゼーション療法、バイオフィードバック療法などが用いられます。
必要に応じて心療内科や精神科との連携も行い、総合的な治療を提供します。
予後と経過
機能性ディスペプシアは慢性疾患ですが、適切な治療により症状の改善が期待できます。完全に症状がなくなることは稀ですが、日常生活に支障をきたさない程度まで改善することは十分可能です。
症状は変動しやすく、ストレスや生活環境の変化により悪化することもありますが、継続的な治療と生活習慣の改善により、長期的には安定した状態を維持できることが多くあります。
当院での対応
丁寧な診断
当院では、機能性ディスペプシアが疑われる患者さんに対して、詳細な問診により症状の特徴を把握し、適切な検査により器質的疾患の除外を行います。
患者さんの症状を真摯に受け止め、「気のせい」ではなく治療すべき疾患であることをご理解いただけるよう説明いたします。
個別化された治療
患者さんの症状のタイプ、重症度、生活背景を総合的に評価し、最適な治療法をご提案いたします。薬物療法、生活指導、心理的サポートを組み合わせた包括的な治療を提供いたします。
治療効果を定期的に評価し、必要に応じて治療方針を調整いたします。症状日記の記録により、症状の変化や改善を客観的に評価することも行います。
継続的なサポート
機能性ディスペプシアは慢性疾患であるため、継続的な治療とサポートが重要です。定期的な診察により症状の変化を確認し、患者さんの不安や悩みにも丁寧に対応いたします。
生活の質の向上を最終目標とし、患者さんが症状と上手に付き合いながら充実した生活を送れるようサポートいたします。
まとめ

機能性ディスペプシアは検査で異常がみつからない胃腸の病気ですが、決して「気のせい」ではなく、適切な治療により改善が期待できる疾患です。症状の背景には複数の要因が関与しており、包括的な治療が重要です。
胃もたれ、早期満腹感、胃痛などの症状が続く場合は、当院にご相談ください。当院では、機能性ディスペプシアの診断から治療まで総合的にサポートし、患者さんの生活の質の向上を目指します。